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元東宮侍従 浜尾 実氏の“殿下とともに” から”いじめ”に関する一考

2025/03/29

     ~皇室にも存在する嫁・姑の確執の記述から“いじめ”の対策の鍵を考えてみたい。~
    ~“いじめる人”と“いじめられる人”の間に立つ人の存在がやっぱり大切だと思います。~
 “殿下とともに”の後半で、上皇様と上皇后様のご成婚の前後で、上皇后様と香淳皇后様との軋みがあったことが記載されていました。その頃の浜尾氏の思いなどが綴られていましたが、私なりにその思いには疑問を感じる事あり、書いて良いものかどうかとかなり悩んだのですが、“いじめ”に関しては、これからの人生で取り組みたい事でもあったので、書く事にしました。
 随分前にお若い頃の上皇后様にお支えしていらした方が主役で、その当時の上皇様のご苦労を描いたドラマが放送された事がありました。皇室好きの私は、勿論拝見しました。お側付きの方も、最初は民間出身のお妃様にあまり良い感情を抱いてはいらっしゃらなかった様でした。でも、時を経て上皇后様の毎日の生活に寄り添いながら、そのお人柄に触れ、その思いを払拭されていかれた様でした。香淳皇后のお取り巻きやお側付きの方々による上皇后様へのいじめは陰湿なものであった事はそのドラマでも描かれていました。ドラマの終盤で、上皇様のお側付きを利用して更なるいじめをしようとしていた方々に、お側付きの方が『美智子様は、よくやっておいでです。』とキッパリと話されたシーンがありました。その後から、上皇后様へのお取り巻きやお側付きの方々によるいじめは徐々になくなっていった様です。お側付きの方は、それを見届けた後職を退かれ、ご自身の出身先に戻って最期を迎えられたのではないかと私は記憶しています。
 昭和天皇・香淳皇后様と上皇様御一家は週に一度のご会食の慣わしがあったそうです。その席で香淳皇后様は、民間から嫁がれた上皇后様に対し面白くないというお気持ちをあからさまにお顔に出し、ギクシャクした雰囲気になってしまう食事会だった様です。上皇后様にとっては、かなりお辛いことの様だったそうです。風邪などを理由にご会食を欠席される様になり、その事が昭和天皇の逆鱗に触れ、『美智子は来たくないなら、来るに及ばず。』と可愛がっていらっしゃった上皇后様に初めて強いご不快の念をお見せになったといいます。浜尾氏は、上皇后様に『お辛いでしょうが、どうぞ会食の日だけはお休みにならないようになさって下さい。』とご意見申し上げるべきだったとその当時を振り返っていらっしゃいます。浜尾氏はまた、香淳皇后様は民間の出身というだけで上皇后様に対して複雑な感情を抱かれていたのは当然の事で、そこに漬け込んで有る事無い事を香淳皇后様に吹聴していた方々がいて、ある意味でそれを利用して上皇后様にいじめをしていたのではないか・・・と思い、そうであるならば、香淳皇后様も随分おかわいそうだと書いていらっしゃいました。
 私は、この事に関しては浜尾氏のご意見には疑問を感じます。私は常々、“いじめ”の流れを断ち切るためには、いじめる者といじめられる者の間に立っている“中間点”の人々の存在が不可欠だと考えています。一緒になっていじめをする人ではなく、いじめを知りながら、その行為が良くないという事が分かりながら何の手も口も出さない人々の存在です。皇室の食事会に関する浜尾氏の解決策は、私は何も解決出来ないと思います。無理してお食事会に参加する上皇后様を作るだけです。そうアドバイスされた上皇様は、食事会のお食事が喉を通るのでしょうか?あからさまに面白くないお顔を見せる香淳皇后との食事会で、殿下や秋篠宮様は楽しめるんでしょうか?お小さい頃とはいえ、雰囲気の悪い事は子供心に感じ取っていらしたはずです。それがご自分達の愛する母に向けられている事も感じ取っていたはずです。そんな雰囲気の中で食事をしながら、温厚そのものの昭和天皇は何故上皇様に強いご不快の念をお見せになったのでしょうか?その当時の上皇様は、どんな思いだったのでしょうか?私なら、『事の解決が済むまで欠席して良いです。』または、『少しの間食事会を取りやめましょう。』と言っていたように思います。
 上皇后様が、民間のご出身である事は、如何ともし難い事実です。上皇后様にとっては、改められたり決して出来ない事です。でも、上皇様やその周囲の方々は、これからの皇室のために上皇后様をお妃に選ばれました。如何ともし難い事実は、思いの外に置くべき事だと私は思います。私は、中間点にいるその当時の昭和天皇・上皇様・皇室でお仕事をされている方々が、間に立って、双方の思いを聞き取り、どちらに偏る事なく、解決策を見つけ出す事が大切だったのではないかと思います。確執が起こる度、考えなければいけなかった事なのではないかと思います。
 その一つが、上皇后様にお支えしていらした方の発言です。この発言は更なるいじめをしようとしていた方々にとっての盾になりました。上皇様にとっては、それまで辛い思いをされながら、それでも一生懸命務められていたお妃としてのお役目が果たせている事をこんなに側にいる人が理解して下さり、支えて下さっている事を知り、心強かったのではないかと思います。たった一人でも、私を支えてくれる人がいた事を幸せな事だと感じられたと思います。沢山のいじめにあった中でも、心を汚さず、言葉を失う程の心の傷を受けても回復され、心を優しく暖かく保たれ、嫁として迎い入れた紀子様や雅子様にその優しく暖かな心をお示しになっていらっしゃるのだと思います。
 いじめの中間点に立つ人にとっても、問題解決への取り組みは勇気のいる事です。時には、いじめの矛先が自分自身に向いてしまう事もあります。時には、解決に取り組みながら自身も傷を受けてしまう事もあるかもしれません。でも、どうやったら盾になって問題を解決出来るか・・・考えて頂きたいのです。いじめている人にはその行為の危険性をきちんと述べる事、いじめられている人には解決策を一緒に考えてあげる事、中間点に立っている人は、本当に重要な役割を担っているのではないでしょうか?解決策は、例えばいじめの危険性から体も心も命を守る為にそれしかない方法なら、その場から逃げる事でも良いのです。途方に暮れ、行く道を見失なっている人にとっては、逃げる道を教えてあげる事も時には必要です。それで命を繋ぐ事が出来れば、新たな場所で問題を解決出来る可能性が見出せる。そっといじめられている人の方を叩いて、『ちょっとお話ししない?』と方を叩いてあげるだけでも良いと思うのです。私は、そう思います。
 皇室でも存在するいじめのお話しをあれこれ書きたかったのではなく、いじめの解決策には中間点にいる人々が何よりも大切な事を伝えたかったバーバでした。
 

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