育児支援・ひとり親支援・動物愛護活動支援など、元小児科医の経歴を活かし様々なボランティア活動を行います。お気軽にご相談ください。

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           元東宮侍従 浜尾 実氏の“殿下とともに” から

 ~浜尾氏の殿下への“しけ”のページを読んで、褒める事と叱る事を再確認しました。~

 ~ずーっと感じて来た“褒めて育てる”という事への疑問を問い掛けたい思いでいます。~

 天皇・皇后両陛下のご婚約前からご成婚前までの素敵なお話を続ける前に、浜尾氏の“殿下とともに”を更に先に読み進めるうちに、殿下ご養育掛かりを開始して間もない頃のしつけに関する記載がありました。本を読む前から、私自身が今のしつけに関する疑問を持ち続けていて、いつかその事を問いかけたいと思っていたので、先に書きたいと思います。

 浜尾氏は、殿下のご教育方針について問われた時、『判断に迷うときは、もし自分の子供だったらどうするか?という事を考える様にしている。』と答えられたそうです。殿下と自分の子を一緒にする事はけしからんとの反論もあったそうなのですが、上皇様・上皇后様は、当時教育掛りとしての浜尾氏に『人として大切な事を・・・』と希望されたそうです。特別な人間としての扱いを希望されてはいませんでした。“親身になって”・・・つまり、親の身になって殿下のご教育をする決意を述べられたのです。

 浜尾氏は、“褒めるときはしっかり褒め、叱るときは厳しく叱る“という姿勢で殿下のしつけに臨まれたと述べています。叱る時には、時には強行手段も辞さなかった様です。お仕置きとして、お尻を叩いたり、暗い部屋に閉じ込めたり、今なら虐待として通報されるような事もなさっていた事に少し驚きました。でも、実は叱られる子供より、叱る親の方が辛いと述べていらっしゃいます。上皇・上皇后陛下がお留守のある晩にもお仕置きをしなければならない事態が起こり、真っ暗な遊戯室に殿下を閉じ込めた後、浜尾氏は、ドアの前に椅子を置いて座り、両足の膝小僧を力一杯握り締め、ごめんなさいと泣き叫ぶ殿下に直ぐにでもドアを開けてあげたい気持ちを懸命に我慢してしつけに当たられていた様です。

 話は私の経験に少し方向転換させて頂くのですが、私が地方の病院で勤務していた時の事です。外来の診察室には、ご兄弟で受診されるお子様も多いので、診察していないお子様の為に飽きない様に沢山のオモチャが準備されています。それで遊んで時間潰しをしてもらうのです。全ての診察が終わると殆どのお母様は、そのオモチャをご自身の手であった場所に片付けます。その方が早いからです。この光景に私は疑問を感じていました。『もう十分一人で片付けられる年齢なのに・・・』という疑問です。ある時、同じような場面で、いつもにも増して沢山のオモチャが診察ベッドの上に散らかっていました。お母様とお姉様は退室姿勢。先に診察を終えていた弟様は、『待って!』と叫んで、片付けもせず立ち去ろうと靴を履き始めました。私は、『自分で遊んで散らかしたんだから自分でかたそう。』と声を掛けました。しかし、お子様は逃げて行こうとするのです。私は追い掛けて抱き上げ、診察ベッドにあげ、『片付けよう。』と言いました。この時のお母様は、決してお手伝いしませんでした。お子様は、お母様の方を見て、自分がしなければいけない事を察知した様です。一つ一つ片付け始めました。私も、『自分でやって偉いね。』と言って、少し手伝いました。全部片付け終わった後、もう一度『偉かったね。』と言って、お母様の方に駆け寄るお子様を見送りました。私は『これでまた私の患者様は減ってしまうな。』と思っていました。しかし、次にこのご家族が受診された時に私を指名して下さったんです。診察を終えた後、私はお母様にその理由を尋ねました。『先生は、しっかり息子を叱ってくれた。この先生は信頼出来ると思ったんです。』と言って下さったんです。

私は、小児科医としては人に秀でたスキルも能力も持ち合わせていません。むしろ、自ら認める“ヤブ医者”です。でも、対応させて頂く全てのお子様が人として自身で誇れる人になってもらえるように、病気だけを見るのではなく、その全てに目を配り、対応したいと思って来ました。64歳で職を辞するまでその思いを貫き、精一杯やってきた事だけは、誇りに思っています。

ある教育学者の方が『褒めて育てる。』という事を推奨されたことがありました。それを機に、お母様達は、子供を叱らないと言う事が良い子育てと信じきっている風潮があるように思われます。でも、やってはいけない事を褒め言葉で濁してやってはいけない事を覚える事は出来るでしょうか?浜尾氏も更に少し知恵が付いてくると親の様子を窺いながらやってはいけない事を叱られずにすり抜ける技を覚えてしまい、やってはいけない事を覚える事は出来ないとおっしゃっています。ある教育学者の方の『褒めて育てる。』の言葉は、褒める時にはしっかり褒める・・・と言う事なのではないでしょうか?特に外では、周りの目を気にして叱らずにいるお母様を多く見かけます。しかし、お母様がやってはいけない事と判断されたのなら、たとえ人前でもしっかり叱る事は必要なのではないでしょうか?浜尾氏も述べていらっしゃいましたが、後で・・・は効果がないとおっしゃっています。私もそう思います。

 今街中では、置いてある物を壊したり、売り物である商品を傷つけたり、食べられないように汚したりする事件が多く見受けられます。きちんと“やってはいけない事”を叱られてこなかった人が、『バレなきゃそれで良い。』と軽率に行動しているように思います。それをする事で、迷惑を受ける人の思いを考えたり、自身が犯罪者として刑を受ける事になるかもしれないという危機感さえ見受けられない軽率な行動です。やられた相手だけではなく、自分の親・兄弟・親戚にまで迷惑が掛かるかもしれません。でも、やってしまうんです。私は、“やってはいけない事”をきちんと教えてもらわなかった人が、やった事でどうなるかも考えてくる機会がなかったからだと思っています。

 褒める事、叱る事をもう一度考えてみませんか?特に今子育てをしている若いご両親様には、褒める時と叱る時の線引きをお互いの意見を交わしながら、一貫した態度でお子様に向き合ってほしいと私は願います。そして、たとえ人前でも必要な時にはお子様にきちんと叱って頂きたいです。稀な事ではありますが、曖昧な態度で“やってはいけない事”を覚えてこなかったお子様が、傷ついたり、亡くなる事もあります。そうなってから後悔しても始まりません。一つ一つその場できちんと学ばせてあげて頂きたいのです。

 私は、妻の立場にも、親の立場にも立った事はなく、子供の立場だけでバーバになってしまいました。でも、年老いた子供の立場から言わせて頂くと、父・母・私の小さい時にお世話になった方々から沢山叱られましたが、叱られた事を今振り返ってみると『あの時叱ってもらって良かった。』と思う事が本当に沢山あります。叱られる事=トラウマではないと私は思います。

 今私は、あまり外出が多くはないので、“やってはいけない事”に遭遇する機会は少ないです。でも、時にその場面に遭遇した時は、たとえ初めてお目にかかったお子様でもきちんと“叱り”の声掛けをします。お子様も、近くにいらした時には親御さんも驚かれます。でも、私はそれを止めようとは思いません。なぜなら、お子様の命を救う事につながる事があるからです。是非、一度未来を担うお子様達のために、私達大人が考えて行動して見ませんか?

 ほんのりと温かいお話から、少し外れて自身の“教育論”を話してしまったバーバでした。

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